聞き取れないレベル

同じ青森県でも言葉が通じない…

父は青森県弘前市産まれ弘前育ち神奈川在住が長かった、母は岩手県軽米町産まれ八戸在住が長い、完全に津軽弁と南部弁なのだが、家庭内の会話はどっちとも取れない言葉だった、小さい頃父の実家に行った時が問題だった。

お寺である為、親戚とお寺の関係者が多く、誰が誰だか分からなかった。

説明されてもその瞬間理解出来るはずもなく、ただ行事を強制的に参加させられていた。

そこでの大人と年寄りの会話が全く聞き取れない、ごちゃごちゃモゴモゴ喋って勝手に笑っている。

ただお年玉の金額は凄かった、中学高校の頃は多分普通の社会人の初任給は優に越えており、バブル期だったであろう、とにかく何だか良く分からないまま正月、お盆はそんな感じだった。

勿論そんな大金は親に預けた。

子供の頃の津軽地方のイメージはそんな感じで過ぎた。

社会人になりいざ弘前に住む事になった、自分としては親戚が居るからアウェイの感覚は無く、むしろ八戸以外の土地で何か学べると思い約1年だったが過ごせた。

確かに学べた塗装屋の兄弟関係、丁寧な施工を心掛ける姿勢。

土地柄なのかは分からないけど八戸とは違うと思った。

そうして実戦で言葉も学び、仕事も学び第二の故郷と認定した。

戦国時代から南部と津軽は仲が悪いと言われ、山脈があるから往き来は隔たれ勝手にいつしかそうなった。

またテレビでもそう言う放送をしている為、他見から見れば同じ田舎で何を争っているのか笑止千万。

これは実際に住んだ埼玉の大宮と浦和の仲の悪さも同じ事だと思う、他県から来た人間からしたら何を争っているのか全く分からないのである。





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